ダンス・ダンス・ダンス(上・下)/村上春樹

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)  ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)
ええっと、とりあえず読み終えた人に対するレビューを書くつもりなので、これから読もうって人はまだ読まないで下さいな。


「『羊をめぐる冒険』で、あまりに淋しいところに主人公を置いてきてしまったから・・・」という理由で書き始めた小説、という記事を何処かで目にして、じゃあ多めに救いや希望が用意されてるのかな、と思ったら・・・全然そんなことありませんでした。ここにあるのは、とめどない喪失。前作で失った「キキ」に会うために、動き始める「僕」ですが、どんどんいろいろなことに巻き込まれていき、そのなかで得たいろいろが、ふっと非現実に吸い込まれていく。ラストには、眼鏡をかけた魅力的な女の子と通じ合い、淡い希望と現実とを少しだけ取り戻すけれど、それもまた半透明なようで・・・ふっと消えてしまいそうです。


でも、なんとなく、彼女は消えないって気もするんですけどね。「羊をめぐる冒険」であまりに強い力を持った何か(村上さんの小説にはコレがよくでてくるんですよね。テーマのひとつなのかも)によってうまく現実に回帰できなくなった「僕」が、一生懸命ダンスステップを踏み続けて、いろいろな、同じような、現実にうまくなじめない人達と関わっていく中、やっと一握りの現実を取り戻す。そんな小説かもしれないです。



ちなみに、一番好きな登場人物は、五反田君かな。彼はいったいなんだったのかな。彼が失われてしまったときはさすがに堪えました・・・一見完全無欠で、優雅で、理知的で・・・でも弱くて、脆くて、危ない。彼はまるで、この小説の世界に、ふと紛れ込んだエラーだったかのように、当たり前のように死んでしまいます。



村上さんは、現実を非現実的に、非現実を現実的に描き出すのがうまいですよね。それのせいか、ファンタジックでダークな「あちらの世界」に、何らかのきっかけで繋がる描写も、違和感を全然感じません。非現実っていうのは意外と僕らのすぐそばにあるのかも、って思います。


この本を読みながら過ごす午後は、とっても淡くて切ない・・・なんともいえない心地いいものになります。相変わらずの饒舌な文章も、心をくすぐるようで気持ちいいです。