意味がないからある長文

意味のある無しで物事を判断するのが嫌いだ。例えば塾の生徒が、まるで自分一人だけが気付いたみたいな誇らしげな顔で「因数分解なんか習って、意味あるの?」「将来の役に立つの?」なんて聞いてくると、僕はうずうずしてくる。まさに、どこから突っ込んでも錆が出そうな問題提起だ。大体、理系に進むとわかるが、一番実用的で世の中に即したツールは数学なのだ。自動販売機も、トイレで勝手に水が流れるしくみも、みんな数学を根本にできている。しかし、残念ながら僕が言いたいのはそんなことではない。


意味のある無し。役に立つ、役に立たない。農業をしなくても生きていける今、それになんの意味があるだろう。言葉遊びのようだが、


意味があることには意味があるのだろうか。
意味のないことには意味はないのだろうか。


例えば、「因数分解なんか習って、意味あるの?」という少年にとっての意味があることはなんだろう。工事現場での作業工程?確かにそれは直接的にお金に結びつく分、意味があると分類したくなる。確かに生きるためにお金は必要だ。では、生きるために必要なことが意味のあることなのか?それならば毎日狂ったように触っているゲームが、生きるために必要なのかということになる。


「それは楽しいからいいじゃん」…でも、それは生きることには関係していない。生きるためには楽しむ必要はないのだ。そもそも、因数分解に疑問を持つ子供は将来という言葉を使いたがるが、そんなに長い目で見ているのならよりいっそう、ただこの瞬間を楽しむだけという行為こそ、無駄に分類されるべきもののはず。そうやって、「ただ今この瞬間を楽しむこと」を否定するというところにたどり着きたくない、そのために、そのためだけに僕は高らかにこう宣言する。


この世に意味のないことなんてない。
意味のないことは、意味のあることなんだから。


「どうしたの?さっき『願いって、願うものであって叶えるものではないよね』って
問題提起しておきながら、5分も黙りこくっちゃって。新手の放置プレイ?」
「わあ、すごくびっくりしました」


いきなり話しかけられた。思わず「ですます調」でおどろいてしまったではないか。ていうか上の文章、リアルタイムで俺が考えているという設定なのか。


テニスの王子様なら、思考どころか、『堪忍してぇな ジャイロ回転しとるやんか』
以下の長台詞を言うのにさえ、一秒もかからないっていうのにね」
「どんな超高速で言ってるんだろうな」
「それに比べて貴方の思考回路は、素敵なくらい鈍足ね」
「ひでえ…というかなんで地の文にある俺の思考をお前が知ってるんだ」
「ユーの考えていることは、この千年瞳ですべてオミトオシデース」
「トゥーンだから平気デース」
「ところで、話題をもどしていいかしら」


「そうそう『願いって、願うものであって叶えるものではないよね』っていうことだけど」
「凡庸な考え方ね」
「いきなり話の腰を折ったね」
「つまりはあれでしょ。誰もが予想するONE PIECEのラストみたいな」
「そうそう、宝箱は空っぽで…いままでの冒険の日々こそが、宝物なんだ」
「そんな終わり方だったら、ONE PIECEをそれ以降読まないわ」
「それで終わりなら、どの道読めないと思うけど」


「あとは、君が嫌悪している言葉とか」
「俺が嫌悪している言葉…愛とか夢とか希望とかか?」
「それもだけど、確か言ってたじゃない。『片思いの時のが両思いよりも楽しい』」
「あー確かに嫌いだ。そういうやつには僕の凄惨な19年を清算させたい」
「でも、結構一般的な言葉だし、問題提起に沿っているわ」
「つまりさあ、BUMP OF CHICKENの『乗車権』みたいなものなんだ」
排気ガスを吐いて はらぺこの猫バスが来る…っていうあの曲ね」


「ああ、それ。願い…ここで夢に置き換えてもいいんだけど。
そういうのって、確かに目標として持っている分にはいいんだけど、
叶えてしまうと案外味気なかったりするよね。特に、その『乗車権』の歌詞みたいに、
なんの過程もなく叶った先に連れてかれちゃうなんて、もってのほかでさ。
あと、持っているだけで、それでいてたまに口に出すだけで十分な願いってあるでしょ。
例えば僕がmixi日記に、アイスランドに行きたい…とか書くと、
『バイトしてお金溜めて、夏休みにでも行っておいでよ』みたいな、
やたら具体的な意見が書き込まれたりするんだけど。なんか違うんだよね。
心に留めておくだけで満足で、実際そこまで行きたくないんだよ。
大学生活を夢見ていた時のほうが、幸せだった。実際に高学歴なだけじゃ彼女はできなかった。
空想してただけの頃のが良かったなあ…とかいうケースだってあるし」


「猫バスに突っ込んでくれなかった。ひどいわ」
「これだけ長文で熱く語ったのに、それを軽やかにスルーされた!」
「仕返しよ」
「ダメージが2倍になってるから」
「だって用は結果より経過みたいな話でしょ」
「まあそういう側面もあるけど。どっちかっていうと、夢に向かってぎらぎらと走っている人を横目に、
なんとなく日々を過ごしている自分を肯定するための詭弁かもね」
「まあでも、実際叶えなくてもいい願いって言うのは、実在するわよね。私にもある」
「へえ、なあに」
「コンビニのうまい棒を買い占めてみたい」
「ちっちゃい上に凡庸な願いだな、それこそ」
「だからこそ、叶えたら虚しくなるだけでしょ。だから留めておくの」
「ふうん、意外と俺の意見に賛成みたいなこというんだな」
「はあ…本当はもう一つ、叶えなくてもいい願いっていうのはあるのよ。むしろそっちがメイン」
「それはぜひとも聞きたいね」
「貴方のこと嫌いだから、教える気はないわ」
「終わりも近づいてきたのに、ここに来て『あなたのこと嫌い』入りましたか」
「だってもうこの距離で十分なんだもん。知ったらきっと味気なかったりとかね」
「え、なんか言った?」
「なんでもないよ」