時計台の憂鬱

名古屋近辺の待ち合わせ場所の定番といえば、タカシマヤの前の時計台。
かくいう僕もその場所を、精神的に隣にいる誰かさん、との待ち合わせに使うことがよくある。


がしかし、あの場所は待ち合わせの場所としては明らかに鬼門である。
僕の胃はきりきりと痛み、だんだんじっと立っていることすらきつくなって、おろおろ動く。
人が多すぎるのだ。そして、名古屋の人は完全武装(お洒落な服とか)の人が多い。


僕より格好いいアイツは、いかにも「俺ここでいっつも待ってんぜ」って雰囲気を醸し出している。
なんてチャラチャラしたオーラだ。くそう、このままじゃ飲まれてしまう!
僕は反射的にiPodminiから聞こえてくる、バキバキのUKROCKの音量をあげる。
ああ、The Cooper Temple Clauseよ、もっとその憂いに満ちた叫びで、
激しくディストーションのかかったギターで、アイツの存在をかき消してくれ。
(僕は人の多い場所にいるときは、基本的にトーンの暗いROCKを聞きます。
分かりやすくELLEGARDENのアルバムで例えるのなら、
「Pepperoni Quattro」ではなく、「ELEVEN FIRE CRACKERS」を聞きます。
そうしないと、なんだか人の流れに負けそうになるんですよね、これは真面目な話)


いいや、負けてたまるか。俺だってここで人を待つのは、自慢じゃないが六回目だ。
うわ、アイツこっち見た。何か携帯電話の向こうに話している。声は聞こえない。
もしかしたら、こう言っているのかもしれない。
「お前は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」
ちくしょう、数えている時点で小物だったのか!
アイツにとっては、時計台で待ち合わせをすることは、
朝にパンを食べるのとなんら変わらないというのか。
もう駄目だ、僕はあの金時計の真下で、チャラ男とともに待っていることが耐えられなくなり、
そこから少し移動して、エスカレーターの側面の壁にもたれて、ほっと一息ついた。


くそう、顔をあげているとどうしても人の流れが気になってしまう。
みんなが自分を見て蔑んでいるという妄想が働いてしまう。
「あのキョロキョロしてる男、アウターは頑張っているけど、あの茶色の靴がダサいわ」
そこは自分でも気になっているんだ、もうすぐ違うのを買うから、頼むから触れないでくれよ!


どうにもならなくなった僕は、いかにも遅れている相手とメールをしている雰囲気を醸し出そうと、
携帯電話を取り出す。目にも止まらぬ、熟達した指の動きでメールを打つ。
頭にはディオの言葉が響く…「お前は今まで打ったメールの回数を覚えているのか?」
まあ実際やっているのは紛れもなく、テトリスですけどね。
たまに嬉しそうな顔をするのは、待ち人が「もう少しで着く」と連絡をよこしたからじゃない。
棒がニ連続で振ってきて、一度に八列綺麗に消せたからだ―――


気付くと遠くから現れる、精神的に隣にいると思われる誰かさん、の影。
僕はまた、いかにも堂々と待っていたような雰囲気を装う。
別にここで待つことなんて全然苦じゃないぜ、
むしろ今聞いてた曲を最後まで聞きたかったくらいさ。




「あれ、ちょっと怒ってる?」
「怒ってないし。行こうぜ」




努力の甲斐虚しく、僕の心理状態は読まれてしまったようだ。
かくして、僕の人生、第六回目の「時計台の憂鬱」は終わりのコードをならしたのだった。