世界の終り。

もうすぐ、世界が終わるらしい。


どこかのTV局が、学者を呼んでそうやって報道してから、世界はパニックになった。
やけになる人、あきらめる人、ここぞとばかりに旅行に興じる人……
世界は歯車の欠けた機械のように、ゆっくりとその機能を停止していった。


そして、ついに終わりが明日に迫った日曜日。
僕の友人は、今日もとあるカフェでお茶を飲んでいる。
高いビルの一番下に位置する、ガーデンカフェ。
たくさんの自殺者が飛び降りてくる中、
そこでどれだけ怯えずにお茶を飲めるか、というゲームをしているらしい。
まったくもって、終わっている。
それでも、彼は今日も運よく生きていて、
最後のゲームに興じるために、そのカフェに向かっていった。


両親はずっと夢だったというローマに旅行に行ってしまった。
僕は特にやりたいことなんてなかったし、それでいてやけになるつもりもなかった。
それは幸いに彼女も同じだった。
僕は慣れ親しんだ自分の家で、彼女と一緒に過ごしていた。


ふと、エンドレスリピートでかかっていた、ミッシェルの「世界の終わり」を彼女が止める。
この曲は聞き飽きたから、違うのをかけて欲しいの。
僕はMDラックから、「KID A」と「空中キャンプ」を取り出したのだが、
彼女は少し不機嫌そうな顔で、私の知っている曲にしてよと言う。
注文が多いなあと、僕は立ち上がり、部屋に散乱するCDやMDに目をやる。
部屋には強い日差しが差し込んでおり、その光をきらきらと反射していた。
片隅に、一番多くの光を浴び、そして反射しているCDが目に留まった。
これならいいだろう。僕はストレイテナーの「Dear Deadman」をかけることした。


僕と彼女は、お互いに下着にちょっとした上着を羽織るだけの、
裸に近い格好をしていたのだが、不思議とセックスをする気にはなれなかった。
世界が終わるというのに、人間の存在欲求になんて答えてやるもんか。
代わりに、何度も何度もキスをした。
キスという行為には意味なんてない、だからこそ、
それがもっとも高尚な愛情表現である、そんな気がした。


紅茶を入れ、フライパンに卵を割り入れる。
彼女はただその姿を、疲れた、それでいて優しい目で眺めている。
遠くで銃声がした。また誰かがやけになって、その世界を終わらせているんだ。
彼女は僕が置いたこしょうを、もう一度フライパンにぱらぱらと振りかけた。
足りないよ。軽く僕のわき腹をつねると、彼女は満足そうに椅子に座りなおした。


僕等はさながらあの、かえるだと思う。
井戸から出ることも願わずに、小さく丸く切り取られた空を見て、
そのすべてはどれだけ美しいのかと、想像したり、願ったりしている。
僕にとっては、この狭い家の中と眠たそうな君だけが世界なんだ。
こんなに、こんなにちっぽけなのにな。


二人で寄り添って、最後の朝ごはんを食べ終わるころに、
曲は「Discography」に差し掛かる。そっと目を合わせると、一緒に歌いだした。

AT THE END OF THE WORLD I HEARD YOU SINGING
AT THE END OF THE WORLD I SAW YOU DANCING
LIKE AN ANGEL


間奏部分に差し掛かるたびに、キスを繰り返した。
香水を使うのが好きではない彼女の唇は、
少し冷めてしまったホットケーキのような、くたびれた甘さを持ったにおいがした。
僕はその冷めたホットケーキをゆっくりと味わうように、
彼女の下唇をそっと挟んだり、上唇をそっとはさんだり、そっと上に重ねたりして、
反復を続けるダンスミュージックのように、キスを繰り返した。


その歌が終わると、彼女は堰を切ったように泣き出した。
僕はそれを見て、透明な涙の筋をそっとなぞってみた。
でも、格好つけられたのはそこまでだった。僕も泣き出してしまったからだ。
髪をなであって、キスをして、それでも僕等は泣き止むことはできなかった。
こんなに小さな世界でも、僕は守れない。
そんな無力感が体中を支配していた。


いつの間にかCDは鳴り止んで、部屋には泣き声だけが溢れていた。
声をあげて泣いている二人を、清潔な日差しがずっと照らしていた。