日記10

僕は僕のために、このことを記録しておかねばならない。
いったい、どこから書き出せばいいだろうか。


5月8日、僕はふて寝ならぬ、ふて日記を書いた。たった一行のぶっきらぼうな日記だ。
あの日は、夢の続きを見ることなんて無理だろうと思いながらも、
図書館で借りた本の断定的な口調に感化されたのか、どこか期待していたのだ。


いつものように火曜日は夜更かしして、いつもの時間(15分の遅刻になる)に大学に着き、
先週と同じ席を確保して、先週と同じミッシェルのアルバムをかけて、
先週と同じように教科書の「インターネット、端から端まで」を枕にして、眠りについた。


少しわくわくしたせいか、なかなか眠れなかったふしはあるが、
イヤフォンが4曲目の「I Was Walkin' & Sleepin'」を鳴らしていることに気がついた、
その後にはすっかり記憶がなくなっていた。


しかし、そのまま何も見ずに目が覚めてしまった。授業は40分ほど終わっていた。
なんだか自分のしていることが急にバカらしくなり、僕はあわてて黒板を写したが、
内容はさっぱり理解できずに、演習の時間に友人に聞いた。
友人は少し嫌そうな顔をしていた。


そして僕は、夢のことをすっかり諦めた。だいたい、夢の続きなんて見れるわけない。


今日のことを書こう。僕は遅れを取り戻すために、珍しく家の机で、その授業の勉強をしていた。
しかし、30分ほど勉強した時に意外と簡単なことに気がついて、心に余裕ができたので、
結局また教科書を枕にして眠ってしまった。





電車に乗っていると、昨日のご機嫌なニーソのお姉さんが目の前にいた。
僕は追い立てられるように、勢い良く話しかけた。「どうしてそんなに楽しそうなんですか」って。
しかし、その声は聞こえなかったのか、彼女はリズミカルな動きを止めなかった。
隣を見ると彼女が座っていた。不機嫌そうな顔をしている。
「あの娘のことを可愛いと思ったんでしょ?」、そんな言葉が来るかと思ったが、
彼女は何も言わずに、僕の手を強く握り締めると、確かな足取りで僕を引っ張って進んでいった。


ここはどこだろう。見覚えのある街並みではなく、建物を張りぼてに感じることもない。


やがてあまり歩かない間に、彼女と僕はガーデンカフェに着いた。
高いビルの真下にある、お洒落なカフェだ。
一度も来たことは無いように思えるが、すこしひっかかる。
店内に入ろうとすると、彼女はそれをつないだ手を離さないことで遮った。


すると、ビルの上から人が落ちてきて、店内でぺしゃっという音を立ててつぶれてしまった。
途端に視界がモノクロになり、赤色の代わりに黒色がその人の周りに広がった。
僕はその瞬間、これは夢だ、これは夢だと頭の中で何度も反復した。



そしてなんとか目が覚めた。もうすぐバイトの時間だった。
「怖い夢を見た」と、居間にいた母親と、はじめに受け持った生徒に話した。
それで少し落ち着いた。そして、塾のバイトが暇になると、夢の続きについて考え始めた。


彼女は僕を何処に連れて行こうとしているのだろう。あのカフェだろうか。
しかし、あの夢の時とは街並みも違っていたし、電車も動いていた。本当に続きだったのだろうか。


塾には今日、大学一年生と思われる無愛想な女の先生が入った。
珍しくもうすでに目は死んでいて、なんとなく僕は不謹慎な安心感を覚えた。


「ビルの真下のガーデンカフェ(夢日記)」2007.5.13.02:35pm