日記20

あれからずっと、頭痛がおさまらない。どこか体調も優れない。
けれど、現実はその速度を止めずにみるみる移り変わり、容赦なく僕に課題を貸す。
そこで僕は、濃い目のコーヒーを一缶飲み干して、
頭痛でぼんやりした頭を、頭痛を抱えたまま無理やり覚醒して、
夜が更けるまで勉強をすることになる。それが大学のテスト期間というものなのだ。



というわけで、僕はバイトの予定表の多くに斜線を入れながら、
今月のバイト代を計算してため息をついた。
すると、それを横から覗き込む顔があった。長くて綺麗な黒髪。塾講師のKだ。
今日の彼女の目は、なぜだかとても優しかった。
いや、彼女の目が「優しい」なんて正の感情を纏うことがあるのだろうか。
だとするとこれは……同情?それとも、哀れみ?


「あれ、こんなにバイトを減らすの?今月はもう会えないのね。」
「君からそんな台詞を聞くなんて珍しいな。今日は台風でもくるんじゃないか?」
「実際来てるから笑えないわ。」
「おっと、これは失礼。」


久しぶりに、会話がするすると気持ちよく流れていく。


「それで、テスト勉強とやらは順調なの?」
「それが今ひとつ。なんだか、最近すごく眠いんだよね。
十分に睡眠をとった次の日すらも、ちょっと気を緩めるとすぐに眠気が襲ってきて、
気がついたら夢の中をさまよっている自分にはっとするんだよ。」
「どうせ、連日夜更かししてるからでしょ。当たり前のことじゃない。」
「いいや、僕の夜更かし癖は高校生からなんだ。
でも高校生の時には、眠気のせいで電車を乗り過ごしたことなんてなかったんだぜ。
絶対おかしい。これは何かある様な気がするよ。」
「何かって何かしら?あの、あなたのブログにアップされた不気味な日記とか?」


さらりと核心をつくKに、僕はこうやって答える。


「……うん、よくわからないけど、あの日記について考えると、決まって頭痛はひどくなる。」
「それはそれはご愁傷様。」
「ホントにね。あんな馬鹿げた話、信じられるわけないんだけど。」



「……で、あなたには今、どっちの世界が見えてるの?」



「いきなりなんだよ。君までおかしなことを言うのかい?
どっちの世界っていわれても……よく分からないな。別に普段と変わらない。
君がいて、僕がいて、僕の彼女がいて、塾の生徒がいて、そういう世界だよ。当たり前だろ?」
「ふうん、何も変わったことはないのね。」
「頭痛と眠気がひどい以外は何も。ああ、でも一つ大きな変化はあったかな。」
「へえ、なあに?」


そう、僕の日常には一つの大きな変化があった。
最近日記を書けなかったのは、忙しさというよりもそれのせいだ。



「――彼女が、家に来てるんだ。」


「久しぶりの会話と一つの大きな変化」2007.07.15.0:00am