日記26

ここ3日は何もする気が起こらず、ただ毎日が目の前を流れていくのを眺めていた。
あの塾で話した日以来、僕の家から両親がいなくなった。
きっとどこか遠くに行っているんだろう。そして、もう帰ってこないんだろう。
僕の目が本当を映すようになればなるほど、僕は大事なものが見えなくなる。


頭上には、建物によって切り取られた星達が浮かんでいた。
町の明かりに邪魔されて濁った星空では、一部の明るい星しか見ることはできない。
しかし僕は、それがとても愛しい事実のように思えてならなかった。
本物の星空も、それを横切る流れ星も、僕には必要ない。
僕にはオリオン座の三つ星がぼやけて光っている、この薄汚れた夜空だけでいい。


「こんなところで、何してるの?今何時だか知ってる?」
「ああ、夏場にオリオン座なんて冬の星座が見えるくらいだから、相当遅くだろうね。」
「へえ、そんなことから分かるんだ。」


彼女は、僕の隣に腰掛けた。倒れた電信柱に二つのシルエットが並んだ。
彼女が「思い出した」のは、やはりあの記事を読んだ時だった。
酷い頭痛に襲われてうずくまり、気がつくと僕の地元に一人立っていたという。


僕はヘッドフォンから流れる音に耳を済ませる。電子音は、丸くて緑色で、
まるであの星が叩かれて、鳴った音が落ちてきているような気がする。
ヴォーカルはその中を泳ぎ、「どんな薬を飲んでも、もう君には効きやしない」と歌う。
透き通った声で、でもどこか疲れたような声で、何度も繰り返し歌う。


彼女は僕の肩に自分の頭を乗せてきた。僕はそれに答え、首を傾ける。
暖かい体温がゆっくりと僕の身体に伝わってくる。
しかし、やがて「この姿勢は疲れるな」と、彼女は座りなおしてしまった。


彼女は僕のヘッドフォンをそっと外した。
そして身体ごと僕の方を向き、ゆっくりと腕を回してきた。




「ねえ、頑張ろうよ。私たちだけでも、頑張ろうよ。」




……僕は、頑張るって言葉は嫌いだよと言って、ぎこちなく笑った。彼女も笑った。


「濁った星空の下で」2007.08.10.21:01pm