おれはあいつの事が、キライだった。
アイツは昔から変な奴だった。
ネコのくせにマフラーと長靴をして、いつも広場で歌っていた。
晴れた日も、雨の日も、客がいてもいなくても、いつも同じ広場で歌っていた。
「どうしてお前は、誰も聞いてないのに、歌うんだ?」
「何言ってるんだよ。こうして君が聞いてくれてるじゃん」
「おれはここで昼寝するのが好きなんだ。お前の歌を聞きに来たわけじゃない」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ次の歌を聴いてよ。僕の十八番の、ブルースだよ」
そいつは、そうやっておれがいじわるな質問をした日も、いつもどおり歌った。
ガラスのような目をきらきらさせて、どこか遠くを見て歌った。
おれはのそのそと歌声の聞こえないところに行って、昼寝の続きをした。
結局、どうして歌うのかは分からなかった。
「キミはどうしてそんなに疲れた顔をしてるの?」
「疲れてるからだよ。世の中にはつまらないものが多すぎて、見てると疲れる」
「格好いいなあ。でも、世の中にはいいものもあるよ。例えば歌とか」
「でもおれはブルースは嫌いなんだ。なんかしみったれててさ」
「それは残念だな。いい歌だからキミにも覚えて欲しかったのにさ」
おれはその広場で昼寝をするのが好きだから、仕方なくそいつと話をする事になった。
おれだって社交辞令はわきまえてる。嫌いな奴に嫌いって言わない事だろう?
そいつはいつもキラキラした目で、おれのほうを見た。
おれはそのキラキラした目が、そいつの中でもとりわけ嫌いで、
目を合わせたくないから、マフラーのしましま模様を数えながらそいつと話していた。
適当に数えていたからか、日によって12本だったり、13本だったりした。
「最近歌う回数がまた増えたんじゃないか?お陰で昼寝がしにくいんだが」
「ねえ、ぼくたちが死んだら、どうなると思う?」
「死んだら土になって、崩れてなくなるんだ」
「ちがうよ!あの空で光ってる、星たちの仲間になるんだよ」
「ヒカガクテキな意見だな。おれはスウガクで証明されてない事は信じないんだ」
「だって、なくなったら歌えないじゃんか。そんなひどいこと、カミサマはしないよ」
「おいおい、死んだ後も歌うつもりかよ。俺に昼寝をさせてくれよ」
そいつは一日に何度も何度も広場に来て、歌った。
声が枯れるたびに川に行って、水をたっぷり舐めた後に、また歌った。
いつも決まって、締めの歌はあのブルースだった。
しんきくさくてみずっぽい、あのブルース。
いつのまにか、メロディが耳に残ってしまった。
もうサビの部分なら、一緒に歌える。歌わないけどな。
おれがその曲を完璧に覚えた日に、あいつは死んでしまった。
おれはその日の夜に、夜空の星を見上げて、ある一つの星を探した。
あいつが言っている事が本当なら、いつもより一つ増えているはずだ。
きっとあいつのガラスの目みたいに、きらきらしているから見つかると思った。
でも気が付いた。おれはいつも星なんて見てなかったから、増えていてもわからない。
なあ、あのつまらないブルースを歌ってくれよ。
そうしたらどれがお前か分かるからさ。
いつのまにかおれは、あのブルースを口ずさんでいた。あいつが歌ったみたいな声がした。
この町のもう一つの広場に、変なニンゲンがいた。
あいつみたいにマフラーをして、長靴をはいて、アコギを抱えて歌っていた。
「やあ、またキミか。いつもの『大嫌いなあいつ』の話をしてくれよ」
「じゃあ今日は、そいつの最後のコンサートの話をしてやるよ」
「それは楽しみだな。どきどきするよ」
「その日におれは、あいつの歌うブルースを完璧に覚えたんだ」
「なあ、そのネコの歌っていたっていうブルース、僕にも聞かせてくれよ」
「もう忘れちゃったからそれは無理だな」
「嘘を言うなよ。キミはいつも同じ鼻歌を歌いながら、この広場にやってくる。
あれがそのブルースなんだろう?」
「いい歌だな。すごくいい歌だ。でも、ちょっと歌詞がよわいかもしれない」
「お前の歌う歌だって、ひどい歌詞だぜ。よく言うよ」
「いや、これは真面目な話なんだ。そうだ、いいことを思いついた」
「どうした?どうせろくなことじゃないんだろう?」
「そのネコのことを歌詞にするんだ。そうしたら、このブルースはもっといい曲になる」
「お前なんかにいい歌詞が書けるのか?」
「だから、キミも手伝うんだよ。そのネコのことをもっともっと教えてくれ。
キミがいつもするみたいな、素敵な語り口でさ」
おれはしぶしぶそのニンゲンの作詞を手伝った。
結構な時間がかかったけれど、なんとかその曲は完成した。
「おい、こいつはすごい曲になったぞ。この歌なら、もっとたくさんの人に聞いてもらえる」
「おれが手伝ったのが良かったな。あんたときたらさっぱりセンスがないから」
「あとはこの曲のタイトルを決めるだけだ。何にしよう」
「それなら、前から考えてある」
「本当かい?もったいぶらずに教えてくれよ」
「『ガラスのブルース』」