宇多田ヒカル Laughter in the Dark 2018 at 横浜アリーナ

宇多田ヒカルといえば、若干15歳にして「な なかいめの べ るでじゅわきをとったきみ」というワンフレーズで天才の所業とわかる衝撃的なシングルを発表して音節の切り方を分析する評論家もなんとなく聞いている一般人も虜にしたアーティストである。僕も例に漏れず彼女に心酔した一人で、作曲しながら宇多田ヒカルの多重コーラスとかに影響受けてるなあと思ったりするのだが、彼女の素晴らしいところは「宇多田ヒカルの素晴らしさ」を誰に話しても一定の共感を得られるところである。僕の愛するSUPERCARRadioheadは僕も空気を読んでわかりそうな人にしか話さないが、宇多田ヒカルはお茶の間にもちゃんと届いている。

 

そんな彼女のライブ。いかにもスタジオミュージシャンテトリスの腕は廃人級の彼女は体力がなくライブがうまくないなんて噂も流れたりしていたが、果たして。僕はどんな手を使ってでもこのチケットを取る気だった。しかし、彼女のチケットシステムは札束でも友達の多さでも殴れないように緻密に設計されていた。このシステムは引きこもりオタク美少女ヒッキーの意思が絡んでいると言うのは考えすぎだろうか。

 

しかしそうなると完全な運勝負。落選続きで自分の運のなさに半ば絶望していたところ、土壇場で機材解放席が取れた。しかも初日。最悪宇多田ヒカルはスクリーンでしか見えないことを覚悟したが、座って見れば全体が横から見渡せる席で全然悪くなかった。息を呑んで登場を待つ。待ちながら、僕はこんなに宇多田ヒカルが好きだったのかと再認識した。ドキドキが止まらなかった。

 

(ここからセットリストのネタバレ含む)

 

最初の曲は「あなた」。隣の女の子が彼女が登場した瞬間口を押さえたので横目でちらりと見たらやはり泣いていた。多分「えっ・・・宇多田ヒカル・・・実在したんだ・・・うそ・・・」って感じだったのだと思う。わかる。もらい泣きしそうになった。

 

しかしやはり生で聴く彼女の声はすごい。彼女の声は選ばれし者だけの持つ倍音*1が含まれていると言うが、確かにマイクの音量が特別大きいわけではないし声もそこまで大きくないのにものすごくクリアに聞こえる。そして伴奏と声の馴染み方が半端ない。音が大きすぎるライブは疲れてしまう最近の僕にはちょうどよいバランスでとても心地よい。座りながらゆらゆら揺れていた。

 

次は「道」。軽快な四つ打ちとシンセに切実な歌詞。そしてその四つ打ちを引き継いだまま大名曲「Traveling」になだれ込む。もうすでにここで感極まっていた。よく立ち上がらないで我慢したと思う。

 

Traveling」〜「Colors」〜「Prisoner Of Love」ともっと新作「初恋」を中心に組むと思っていた期待を裏切る名曲のオンパレード。いい歌詞が本当によく聞こえる。彼女の歌詞はその人間性を反映してか不思議と天才感の薄い、日常会話のような言葉遣いをしてきて親近感が湧くのだけれど、その中で突然心に突き刺さるようなフレーズを交えてくるので油断ならない。アッパーなチューンのコミカルな歌詞も例外ではない。鳥肌の回数は数えるのを諦めた。

 

その後の「Kiss & Cry」ではコーラスに「Can you keep a secret?」を交えてプチマッシュアップにしてみたり、「SAKURAドロップス」の最後「好きで好きでどうしようもない それとこれとは関係ない」のリフレインではシンセのアルペジエイターにむかって陶酔感あふれるフレーズを作り上げたりしてみたり。後者の姿は「Everything in its right place」でサンプラーで切り刻んだ自分の声と遊ぶトムヨークと重なった。

 

なんというか、Mac の Logic X と向き合ってコードから曲を作る彼女は、部屋の中で緻密に練り上げて今日のライブを作ったのではなかろうか。それがとても「らしい」と感じて、そこにまた感動した。

 

さらにヒッキー流ロックといった趣の「光」が始まっていよいよ感動しすぎて涙が出てきた。「光」も好きなんですよ。ギターの響きの格好よさと歌詞の素晴らしさ。「真夜中に」ってなかなか「光」ってタイトルで出てこない言葉だと思うんですよ。「テレビ消して私のことだけを見ていてよ」は未だテレビ主流だった当時の時代感も感じつつリフレインにふさわしい痺れるフレーズ。彼女の歌って恋の歌が多いですけれど、不思議と恋愛に溺れた女の子という像が浮かんでこない、歌われている男の子ではなく女の子そのもののほうに興味が湧く。これも個性だと思う。とりあえず、こんな言葉で女の子に口説かれたら、ぞっこんになってしまうでしょう。

 

さらにダンサーを交えて、同性愛を歌った「ともだち」と、ヒッキー自身がまさかのラップを披露したヒップポップ「Too Proud」で、最先端の音もアピール。彼女はすっとステージを後にしました。休憩かな、と思いきや突然、スクリーンにピース又吉との対談が映し出されました。これがこのツアーの最大級のネタバレです。これから参加を控えている人はここでブラウザバック推奨。

 

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一見ただのツアーのテーマ「Laughter in the Dark」についての対談で、ショウの中でその背景を語っちゃうのはどうなんだろうとか頭に疑問符を浮かべながら「まあこういう感じも宇多田ヒカルかな」と思って完全に油断していたら、これ、ガチコントでした。まさかライブ中に本気で笑わせられると思わなかった。かなり長くて全然終わらないし。これは今までのライブの中でも初めての体験でした。又吉氏の脚本すごい。

 

ムービーの途中で新作アルバムの中でももっとも冷たくて暗い「夕凪」が流れてきた時は、まさかこの笑いの流れから絶望に至るのか、ギャップ凄すぎるだろと思ったらただBGMで使われていただけでした。ただ、「ギャップで攻める」という予想はだいたい合っていて、ムービーが終わると歓声が上がり何かと思ったら、センターステージに宇多田ヒカルが登場して「誓い」が始まりました。笑いで緊張感が抜けたところに、すごい緊張感をもった跳ねすぎて前につんのめるリズムが印象的な曲。すごい構成。完全にやられました。

 

そこからもすごい。最も印象的なパートだったかもしれない。彼女の壮絶な体験が目の前に浮かび上がってくるかのようで息が苦しくなった「真夏の通り雨」、飾らないシンプルな美しさで攻めてくる「花束を君に」、センターからフロントにもどった後には「Forevermore」。

 

「Forevermore」。この曲がリリースされた時は小躍りしたのを思い出します。いやあ、リズムも面白くエレピは小洒落てて音楽的に好きすぎるのに歌詞で「あなたの代わりなんて居やしない こればっかりは裏切られても変わらない」なんて歌われるのですから。昔から彼女の歌詞はすごいですが、最近の曲でさらに磨きがかかったような気がします。

 

マイクスタンドが置かれてから満を持して「First Love」、そして「初恋」。20年越しに同じテーマを歌う彼女の成長が垣間見られる小憎い演出です。「First Love」は「明日の今頃には」の部分がとにかく好きで、歌詞とメロディってこんなに綺麗に合うんだなってここでいつも感極まってしまいます。Bメロなのに。「初恋」はよりドラマチックにその瞬間を描いた名曲で、甘い「First Love」と比べると人生の重みとか刹那だからこその美みたいな感じがします。が、彼女も緊張していたのか2フレーズ目で失敗して、やり直す一面も。

 

格好良い流れは絶たれたけれど、これにはガッツポーズしました。だって、初日だけのハプニングとしてツアーに行った他の人に自慢できるんですもの。こういうのもライブの楽しさです。

 

最後のMCも可愛らしかった。話すのが苦手でオタク感溢れてて、それなのに動作がいちいち可愛いの、ライトノベルのヒロインみたいじゃないですか。

 

「これが最後の曲・・・最後の曲、だよね。ちょっと確認、あ、合ってた」

 

「よーしがんばる、がんばるぞ」

 

とかゆるく始めたくせに「Play A Love Song」っていうアンセム鳴らし始めるの反則だと思います。始めるならばちゃんと名曲感出してこうもったいぶって壮大に始めてほしい。可愛らしいガッツポーズで、ほわんと癒してから始めないでほしい。スタンダードな四つ打ちピアノからゴスペル調のコーラス交えつつ、最後はゴスペル要素を前面に出して祝福感いっぱいにするのやめてほしい。センスが良すぎてもう嫌!

 

そのあとのアンコールも、ぶっといベースで始まるジャズ調で物語の登場人物視点の歌詞が珍しい「俺の彼女」から始まりこれまで見せてなかった一面を見せつつ、ついに「Automatic」。最初にも書きましたけど「な なかいめの べ るでじゅわきをとったきみ」でもう名曲確定なのに加えて「声を聞けば自動的に」の楽器のフレーズのような落ちていくメロディがまた独特かつクールでサビでは「It's Automatic!!」と誰もが口ずさめる感じを出してくる。はあ。ため息。

 

3階の人は立ち上がらないでって言われましたが、すいません「Automatic」は無理でした。今まで不恰好に体を揺らしながらよく耐えたなと褒めてください。最後尾なので誰にも迷惑はかけてないと思います。

 

そして最後はベスト収録の「Goodbye Happiness」で完。ベストってあまり好きじゃなくて聞いてなかったんですが、すごくラストっぽい雰囲気を持った曲で、もう一度聞き直しました。これ、名曲でした。アウトロでステージの各サイドにぺこんとお辞儀する彼女が可愛いなと思っていたら電気がついて、僕の夢のような時間は終わりを告げたのでした。

 

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安定感のある伴奏。

小さくても歌詞が聞き取りやすい、楽器と綺麗に混ざる天性の声。

絶妙な音響の元で鳴らされる新旧交えた名曲たち。

落ち着いていてハートフルな観客席。

宇多田ヒカルの自身のかわいらしさ。

意外性のあるムービーの演出。

 

褒めるところしか思いつかない素晴らしいライブでした。今年ベスト確定。というか、全曲イントロドンできるぐらい好きな僕では冷静に判断できるわけないのですが、同じ気持ちの人がたくさんいることを信じています。

 

しかしながら、生身の彼女を始めて目の当たりにして、それでも彼女のつかみどころのなさは一層増してしまったような気がしています。MCとか見てるとお喋り不器用なオタク美人にも見えるのに、ひとたびイントロが流れ歌を歌えば音楽に愛された天才としか思えないし、歌詞は人懐っこく愛らしいのに心に刺さる。二面性、というか、才能とキャラがチグハグ、という感じです。

 

「憧れは理解とは最も程遠い感情」というのは我らが藍染隊長*2の台詞ですが、このライブで彼女への憧れは一層増し、より理解ができなくなってしまったのでした。とりあえず、理解できるまで行き続けたい。次が何年後かはわからないけれど、絶対に。

*1:普通に歌ってるだけで二つの声を多重録音したかのような周波数成分になること。音楽においていらない音を削ることは簡単だが足すことは難しいので、倍音のない人より優れていると言われる。やくしまるえつこ氏とかも持っているらしい。

*2:BLEACHを読んでください