「あ、先輩。今日新堂本兄弟にしょこたんでてますよ!」
「そうなのか。ちょっと見てみるかな」
「しょこたんキザ萌えっす」
「なんかその言葉、微妙に間違ってる気がするぞ」
サイトウは今、バンドサークルの合宿に来ている。
酒をちびちび啜りながら、後輩とTVを見る時間。
後ろの部屋からは、こんな深夜になってもまだ、ギターやベースの唸り声が響いていた。
このサークル―――熱意に溢れたサークルに加入したことで、
彼のドラムがかなり上達したことは間違いない。
いつしか、後輩から一目置かれるようなグルーヴを、叩きだせるドラマーになっていた。
だが、彼はいつも、何かが足りないと感じていた。
心のどこかで、部員達と自分との温度差を知覚していた。
「残酷な天使のテーゼ演ってますね。俺はこれ普通に名曲だと思います」
「ところで、俺はいつもこの、つまらなさそうにピアノを弾く深田恭子を見ると、
ロックを感じるんだよな」
「またまた、意味分かんないことを。ロックはやっぱ熱くなくっちゃ」
「そんなことはない。シューゲイザーっていうジャンルのバンドは…」
「ああ、終わっちまった。しょこたん歌うまいな。CD買おうか」
シューゲイザーっていうジャンルのバンドは、ヴォーカルがライブの時にいつも下を向いて、
自分の靴(shoe)を見て(gaze)歌っていたからついたんだぜ―――
口に出せなかった話題が、宙に舞って、シャボン玉のように淡く弾けた。
サイトウはmy bloody valentineの「Isn't Anything」を選んで、再生ボタンを押す。
白いイヤフォンから聞こえてくる、アコギの不協和音。
酒に酔った頭に、そのノイズがくらくらと回り、彼は仰向けに寝転ぶ。
その時、一枚のくだびれた紙が、視界に入った。
バンドメンバー募集
好きな音楽 道を踏み外したROCK……
それには、シューゲイザーも含まれるのかい?偉そうな兄ちゃん。
眠気が少しづつ忍び寄ってくる中、胡散臭いアドレスにメールを送信した。
彼の頭には、俯いたままのヴォーカルと、仏頂面のままピアノを弾く深田恭子の後ろで、
淡々とドラムを叩く自分の姿がはっきりと浮かび上がっていた。
イヤフォンからは、ケヴィン・シールズの消え入りそうな声が零れ落ちていた。