テスト期間が終わってしまった。僕はその間じゅう、家から一歩も外に出なかった。
ニーソックスを履いたピンクのあの子が死ぬ前に吹いていた軽やかな口笛のメロディが、
耳にまとわりついて離れなかった。
熱は昨日引いた。でも、そのまとわりついた口笛のメロディは僕をひどく無気力にした。
医者に診断書を書いてもらえば、テストを受けなかった科目について、
なにかしら救済措置をもらえるのだけど、それすらする気が起きなかった。
今日も僕は、ある曲をエンドレスリピートで再生しながら、漫画にまみれたベッドに横になる。
そう、彼女が吹いていた口笛のメロディは――「世界の終わり」。
チバの乾いた声が、ディストーションのかかったギターをバックに、虚ろに部屋に響く。
「この曲は聞き飽きたから、違うのをかけて欲しいの。」
そう言って、彼女がCDプレイヤーの停止ボタンを押した。
僕の耳元では、狂ったようにこの曲がかかっているから、
違う曲をかけると不協和音を奏でてつらいんだよ。そう言って抵抗しようと思ったが、
よくよく考えれば、同じ曲を一日中リピートされるのだって耐え難いだろう。
僕は昨日何度も濡れタオルを取り替えてくれた、彼女の優しさを思った。
普段奥底に隠れて、その戸を少しだけ開けながら外をうかがっている彼女のシャイな優しさ。
それをこんなにも前面に押し出し、看病してくれた彼女がそうやって要求しているのだ。
……僕はCDラックから、ストレイテナーの「Dear Deadman」を取り出した。
たくさんのアルバムを聞かせたけれど、彼女が気に入ったCDはこれとあと一枚くらいだ。
そのCDを取り出し、彼女のほうにひらひらと振って見せると、
満足そうな顔が返ってきたので、僕はそれをプレイヤーに乗せて再生ボタンを押した。
すると、耳元で無限ループしていた口笛のメロディがすうっと消えた。
とても心地よい気分だった。不思議なことに、このアルバムを僕の耳が求めていたようだ。
僕は目を閉じてベッドの端に座り、ホリエアツシの歌声とアルペジオを身体に染み込ませていった。
時間はあっという間に過ぎ去り、曲は「Discography」に差し掛かった。
彼女と僕はいつもそうするように、一緒に歌い始める。
AT THE END OF THE WORLD I HEARD YOU SINGING
AT THE END OF THE WORLD I SAW YOU DANCING
LIKE AN ANGEL
僕の目から突然、漫画のように大粒の涙が零れ落ち始めた。
それは僕の意思とは関係なく流れ続け、止めることが出来なかった。
彼女がそれを見て、僕の頭を自分の胸に押し付ける形で、きゅっと抱きしめた。
涙は彼女の服をびしょびしょにしてもまだ止まることがなかった。
曲が最後の部分に差し掛かる。いつしかヴォーカルがなくなり、
ギターとベースとドラムの音が一斉に消えて、電子音だけが残った瞬間――
僕は、すべてを思い出した。
ほんの一瞬だった。でも、十分すぎる一瞬だった。
僕の脳の一部を覆い隠していたベールが、ふわりと床に落ちて、消えた。
あとには、残酷な真実しか残らなかった。
僕は真っ赤な顔で、涙でにじんだ視界で、彼女の方を見た。
よく見えなかったが、そっと笑った気がした。
そして、少し冷めてしまったホットケーキのような、甘くてくたびれた匂いを感じた時、
彼女の唇のやわらかい感触が僕の唇に訪れた。
また涙が溢れてきた。今度のは、僕が僕の意思で流す涙だった。
悲しみで心がいっぱいになって、溢れ出る時に一緒に出てくる涙だった。
やがて、「Dear Deadman」が鳴り止んだ。
僕のすすり泣く音だけが、ずっと単調なメロディを奏で続けていた。