いつものベッドで目覚めると、隣に寝ているはずの彼女はもういなかった。
僕は寝ぼけたまま下の階に降りると、台所に彼女はいた。
今日は彼女が朝ごはんの当番だったっけ。目玉焼きの焼ける香ばしい匂いがした。
「おはよ。髪の毛がすごいことになってるよ。」
僕は洗面所に行き、顔を洗い、暴れている髪の毛を整えて、歯を磨いた。
そして、彼女の作った朝ごはん(目玉焼きとごはんだった)を食べる。
いつもデートに遅刻してくる彼女なのに、もうばっちりと目が覚めているようだし、
服もすでに着替え終わっていた。まだ二人だけの生活に慣れていないせいかもしれない。
「じゃあ、行ってくるよ。」
そして着替えた僕は、地元の駅に向かって歩く。
まだ朝の7時だというのに、町はもう目を覚ましているようで、
清潔な朝の陽光の中に、確かな人の気配がした。
僕の横を、大きなテニスバッグを背負って、自転車で通り過ぎる高校生がいた。
タオルを肩にかけて、肌着で庭に立ち、体操をしているおじいさんがいた。
犬の散歩をしているお姉さんがいた。
彼らはみんな、どこか目覚めきっていない目をしながら、彼らの日常を生きていた。
それは、とても普通な光景で、それゆえに、とても愛しい光景で、
僕はヘッドフォンから流れ込むミッシェルの音楽に意識を集中した。
……涙が出そうになったからだ。
交差点を右に曲がって駅にたどり着く。
僕はまだ期限の切れていない定期券を自動改札機に滑り込ませ、ホームに立つ。
世間は夏休みだからか、人の数はまばらで、知り合いは誰もいなかった。
僕はさらに、音楽の音量を上げる。
計算通りに、曲はちょうど「世界の終わり」に差し掛かっている。
やがて電車がやってくると、僕は静かに前に歩き出した。黄色い線を越えて、さらに前に。
僕は線路の上に降り立った。
暴力的な大音量になった音楽が、世界のすべての音を掻き消して、何も聞こえなかった――――
どれくらいの時間が経ったかは分からない。
僕は駅に立っていた。いや、はたしてこれが駅といえるだろうか。
線路があるはずの部分には背の低い草が生い茂り、
かろうじてホームを思わせるコンクリートの台が佇んでいる。
それは駅というよりは、廃墟という言葉がふさわしい空間だった。
「おかえりなさい。」
そして、その台から彼女が手を伸ばしていた。
僕はその台の上によじ登ると、その小さな手を握り、こう言った。
「ただいま。」