今語りたい、本。

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
ノルウェイの森/村上春樹


やはり僕が本について語るとき、村上春樹はどうしても外せません。はじめて、「その作者の本をすべて読みたい」と思わせてくれた作家であり、彼との出会いで僕を探偵モノの本ばかりを追いかけることをやめました。(僕は村上春樹と出会うまで、シャーロックホームズとポアロばかり読んでいました。)


彼の本の中に、正直これより好きなものはあるのですが、「風の歌を聴け」は前の日記で書いたことがあるし、何より僕と村上春樹の出会いの一冊という意味では特別なので、「ノルウェイの森」(「ノルウェーの森」で検索すると出てこなかったりする)を選んでみました。


はじまりの第一章から印象的でした。家の本棚にあったから何となく読んだだけだったんですが、その浮遊感と言うか、厭世的でどこか空っぽな文章は、「これは面白そうだ……最後まで読もう」と感じさせるのに十分でした。とても心地よく読書をしたことを覚えています。


ちなみにこの本の読後の印象は、とにかくエロかったなあということ。僕はとある理由で小さい頃から「エロ=悪」とか「エロで受けを狙うのは、才能がない人のやること」みたいな偏見を抱いていたんですが、この本を読んでそれもキレイになくなりました。読んでいる途中、女の子の描写を楽しみにしすぎている自分に気付いて、おいおい大丈夫かよ俺、下世話な読み方をしてないか?なんて心配になったりもしましたが、「村上春樹は料理と可愛い女の子の描写がうまい」と誰かから聞いて、俺の読み方は大丈夫だ、なんて安心したりしたっけ。


あとは、死がものすごくさらりと描かれていることが衝撃的でした。当事の僕が、それまでに創作的な媒体において出会ってきた死は、もっと演出過剰気味に描かれていることが多かったので。でも、そのさらりとした質感の死のほうが、喪失感をより強く感じる気がするから、不思議だなあって思います。


クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識 (講談社ノベルス)
クビシメロマンチスト人間失格・零崎人識/西尾維新


村上春樹とはまったく別のベクトルで、著作をすべて読んでみたいと思わされた作家、西尾維新。僕はこの本に出会うまでライトノベルというのは、「一般書の格下」というイメージを持っていたのですが、この本で見事に覆されました。弟が買ってきたこの本にあったのは、ライトとはいえない二段構えの読み応えの在る分量と、圧倒的なまでの後味の悪さ。特に以下の三つ(致命的なネタばれになるので以下反転)、


主要キャラで人殺しの零崎人識が、まったく本筋の事件と関わってない。
一人称の文章なのに、ウソ記述が書いてある(いーちゃんが「僕ら」に嘘を吐く)。
萌えキャラが犯人(これは盲点!)。


には衝撃を受けました。こんなに頭をぶん殴られるような衝撃を(それも何回も)貰った本は、生まれて初めてでした。


この本に出会った後の、僕の中での「ライトノベル」とは、「一般書ではなかなかできないような突拍子もないアイディアが使えて、本の可能性を広げる媒体」です。ちょっと言い過ぎかもしれませんが、西尾維新の本がブックランキングで上位に入っていると、まるでZAZEN BOYSオリコンの上位に殴りこんだ時のような(例えが分かりにくいな!)、何かが起こっているようなわくわく感を感じるのです。


ちなみに、僕が自分の気持ちよくなるままに勢いにまかせて文章を書くと、村上春樹よりも西尾維新に似ます。日直日誌に書いた文章を担任の教師に「西尾維新」っぽいと言われたのは、今では僕の誇りになってます。いや……そこまで言うと、戯言だな。


失はれる物語 (角川文庫)
失はれる物語/乙一


そして、この二人の作家を挙げてしまうと、他は横ばいになって、僕の読書量の少なさがうかがい知れるわけですが。思いつくのは、女の人の強さや瑞々しさが隅々から感じられた「肩越しの恋人/唯川恵」、元彼と付き合っている女の子との、不思議な同棲生活を描いた「落下する夕方/江國 香織」、読書家のフリをするために読んで、怒涛のラストに眩暈がした「金閣寺/三島由紀夫」、ミステリの古典「そして誰もいなくなった/アガサ・クリスティ」なんかがあるんですが、ここはあえて好きといいながらもしっかりと語ったことのなかった乙一で。


乙一は作品によってはもう二度と読みたくないぐらい怖いんですが(特に「ZOO」収録の、「SEVEN ROOMS」と「神の言葉」は思い出すのも嫌なくらい怖いです。ああ、こうやって描く時に思い出してしまった……)、これはすべてが白乙一、すなわち切ない話で締められた短編集。あまりに大学生とかに読まれているが故に、なんだか子供向けみたいなイメージがある乙一ですが、文章は繊細で綺麗、かつ短い分量の中に人物の内面描写を丁寧に入れこめる作者で、僕は売れすぎていることで評価が逆に下がってるんじゃないかと思ったりしてます。


この短編集の中で好きなのは、まったく救いがない中にも、腕を鍵盤にピアノを弾くように指を動かして感情を伝えるという部分になんともいえない気持ちになる表題の「失はれる物語」、そしてタイトルが大好きな「手をにぎる泥棒の物語」、幽霊の佇まいの柔らかさがとても素敵な「しあわせは子猫のかたち」ですかね。まあ、言ってみれば全部好きなんですけれど。


余談ですが、乙一を読んでいると物語が描きたくなります。なんででしょうかね。彼が幽霊や脳内の携帯電話など、SF的でありながら、どこか身近で手を伸ばせば届きそうな題材を扱っているからかもしれません。もちろん、実際に書いてみると遠く届かないわけですが。