最低なある日、僕は世界を滅ぼすことにした。2

 気分転換用の部屋で気分転換をせずにノートパソコンをカタカタして仕事をしていると、久しぶりにケビンに会った。

「何をしているんだい?」

「ゴーゴルの考えたプロトコルを調べて、お客様に展開する資料を作っているんだ」

「ふうん、不思議だな。そういうことをしなくて良いように注意深く書かれたドキュメントがインターネットに置いてあるはずなんだが。もしかして、翻訳かい?」

「いや、お客様というのはそういう技術文章は1ミリセック(1/1000秒のこと)しか読まないんだよ。あとの23時間59分59秒と999ミリセックは、明日のゴルフ接待のことを考えるものさ」

「ショウワだねえ。もうすぐヘイセイも終わるというのに」

 相変わらずケビンの日本語は流暢である。わざと外国人っぽい発音で「ショウワ」「ヘイセイ」というあたりシャレが効いている。

「しかし、どうしてみんなやりたいこともないのに新しいプロトコルにチャレンジしようと思うんだろう?」

 僕は、隣のホワイトボードにヴァージョン1.0のプロトコルを書いた。

START

僕 → GET PS4 → 親

僕 ← OK PS4 ← 親

END

 

START

親 → POST(4万円) PS4 → 店

親 ← OK PS4 ← 店

END 

 「凄まじくシンプル。クールだね。1ミリ平方メートルの脳みそが1ミリセック読めば理解できるしくみだ」

「だが、この場合君は、PS4を手に入れることができたか怪しい。だって本当は、こういうことだからね」

 ケビンは僕の書いたホワイトボードにさらさらと情報を足していく。

START

親 → POST(4万円) PS4 → 店

親 ← OK PS4 ← 店

親 → GET PS4の周辺機器リスト → 店

親 ← OK PS4の周辺機器リスト ← 店

親 → GET PS4の周辺機器A → 店

親 ← OK PS4の周辺機器A ← 店

親 → GET PS4の周辺機器B → 店

親 ← NG 品切れ ← 店

親 → GET PS4の周辺機器Bの代替品 → 店

END

「ほら、単純にやりとりしようとすると、こんなに時間がかかるのさ。だから僕らは新しいプロトコルを開発した。そう、こんな感じに」

START

親 → POST(4万円) PS4 → 店

親 ← PS4の周辺機器A ← 店

親 ← PS4の周辺機器Bの代替品 ← 店

親 ← PS4の周辺機器C ← 店

END

 これがヴァージョン2.0。なんともわかりやすかった。お客さんが今日ニュースゼロを見て今日のニュースに悪態を吐く時間に少しでもこのことを理解してくれれば。いや、これを理解してもらうのが僕の仕事なのだ。例え、小学五年生がスマホアプリ開発で賞を取る時代だとしても。僕は幼稚園児にはじめての折り鶴の折り方を教えているのだろうか。いや、幼稚園児は折り鶴の折り方を真剣に読んでくれる気がする。では僕は赤ちゃんにミルクの飲み方を教えているのか。ミルク2.0。粉ミルク。自然派ママが血眼になって「それでは自然ではないから子供が健康に育たない!」と追いかけてくる。その通り、だから僕はこんな歪んだ人間に育ったのかもしれない。

「なあ。僕が好きなジャパニーズアニメのセリフに、こういうのがあるんだ。

『人間の本質は石器時代から一歩も前に進んじゃいない。』

 君は今、石器時代の人間に電灯の使い方を教えようとしている。それはそもそも前提として無理な話だよ、だから」

 ケビンはもったいぶって、言った。

「この世界を滅ぼして、石器時代に戻すしかないのさ」

 

****

 

「また、ゴーゴルの人間が新しいプロトコルについて語っているな」

「そう、こうして仕事を効率化して。人々から雇用を、誇りを奪っていくのよ」

「まったくだ、こうなったら一刻も早くメキシコに壁を作る計画を進めなければ」

 白い白い建物の真ん中で、盗聴器に耳を傾ける男と女。彼らは誰か? それは、あなたもよく知っている人間。きっと先刻の「僕」と「ケビン」も、よく知っている人間である。

「ねえ、トランプ。またマクドナルド食べているの? 体に悪いわよ」

「好きなものを食べて体に悪いわけがない。そして、マクドナルドは雇用を生んでいる。雇用を生むものは素晴らしい! だから私はハンバーガーを食べる。シンプルだろう?」

 彼は、デイジー・トランプ。

 「僕」が壊そうとしている、世界を救おうとする救世主だ。