僕らは電子の野原を駆け回って育った

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僕は小学校四年生まで人間強度を高めるために友達を作らなかった。というのはもちろん嘘で、幼い頃から物事を斜めから見るのが好きで、そうすることが自分の価値を高めることだと思っていた。昼放課に毎日行われる男女混合鬼ごっことドッチボール、足が遅く痛いのが嫌いな僕はどちらも嫌いで、図書館でずっと漫画ことわざ辞典を読んでいた。


もちろん、本当は少し寂しかったけれど、その頃の自分はそんなことはわからなかったし、自覚もなかった。


変化したのはその夏だった。近所のツテで友達の家に行くとそこには伝説のアクションゲーム、ヨッシーアイランドが置いてあった。それをプレイさせてもらって、僕はこれまでにないぐらいの興奮を覚えた。ヨッシーの生き生きとした動作、絵本テイストの美麗な世界。


しかし、友達がいなかった僕は、その会である男女の仲を茶化す発言をするという失態を演じ、それ以降は呼ばれなくなった。


困った。ヨッシーアイランドが遊べない。


お母さんに交渉した。どうしたら、僕にヨッシーアイランドを買ってくれる? ずっと運動をしないでいる僕を心配に思っていたのか、お母さんはこう言った。


「逆上がりができるようになったら、特別にヨッシーアイランドを買ってあげる」


僕はその日から、昼休みに図書館に行く代わりに逆上がりの練習をするようになった。インターネットで「逆上がり コツ」と検索しても出てこない時代、僕はひたすら地面を蹴って、回転し切れずにその場に戻ることを繰り返していた。


すると不思議なことが起こった。一人でずっと逆上がりの練習をしてる絵面の面白さで、クラスの女子が面白がって話しかけてくるようになった。噂を聞きつけて、逆上がりができる男子が聞いてもいないアドバイスをしてくれるようになった。


僕の昼休みは、少しだけ華やかになった。


そこから一週間もしないうちに、僕は逆上がりをクリアした。地面を蹴ると世界が一回転して、そして、戻ってきた。周りの友達は、あれ、できたじゃんと、驚くような喜ぶような馬鹿にできず悲しむような不思議な顔をしていた。


その週の土日、父親がヨッシーアイランドを買ってくれた。僕は夢中になってプレイした。一日一時間の制限の中で、どれだけ効率的にヨッシーアイランドをできるか考え抜いた。いつの間にか参加するようになったドッチボールの間も、今日のヨッシーアイランドのことを考えていた。


僕は決して引きこもってはいなかったが、僕のこころの中心には学校の広い校庭ではなく、絵本のタッチで描かれた電子の野原が広がっていた。


小学六年生の頃、モンスターファームという新たな伝説のゲームが生まれたときも、毎日自転車で片道二十分かけて、遠い遠い友達の家に行って、モンスターファームをやることが生きがいになった。友達はすぐに飽きて外で鬼ごっこをしようぜと言ったが、僕は電子の世界で生きるディノ×モノリスの黒い恐竜が寿命までに強くなれるかばかり気になっていて、鬼になった時に友達が見つからないフリをしてゲームの続きをやった。もちろん、怒られた。


中学の時にはスマブラでクラスのモテる男子に負けて絶望した。大学で所属サークルから排斥されたときに心の隙間はテトリスで埋めていた。iPod mini からは初音ミクの電子の歌声がずっとずっと響いていた。


ドッヂボールをする広い校庭の向こうに、絵本調の電子の野原が広がっている。友達の家の近くの河川敷の向こうに、電子の飼育小屋があって、綺麗な助手とモンスターを育てている。心の隙間にはテトリミノがある。初音ミクの歌声が聞こえてくる。


僕の世界は常に、電子の世界とともにあった。それをニセモノと呼ぶのだけは、やめてくれないか。