高校生と混乱と

僕は今まで村上龍が嫌いだったのだけど、その理由が「村上春樹と名前がかぶってるから」と、「なんかえらそうだから」と、「嫌いな作家がいたほうが読書家っぽいから」という見も蓋もないひどいものだった。さすがに去年の秋辺りに、これはいけないと思ってとりあえず「69 sixty nine」から読み始めてみたのが彼の著作との出会い。


その時はまあなかなか面白いなぐらいの印象だったけれど、この本を読んだことをmixi日記で報告したところ、格好良いお姉さんに「高校生のころ私は『五分後の世界』を読んで混乱したよ」とコメントを貰い、「高校生」と「混乱」という言葉の組み合わせに惹かれて、「五分後の世界」を読み始め、夢中になって読んでしまったのが最近の話。


五分後の世界 (幻冬舎文庫)


おおまかにあらすじを言えば、なんか突然異世界に飛んでしまった男の物語。これだけだとファンタジー小説みたいだけど、そんなことは全然なく、ようは「日本が無条件降伏をせず戦い続けていたら」というパラレルワールドの話。


その無条件降伏をしなかった日本っていうのがやたら格好良く書かれていて、ちょっとそれはどうなのと思ったりもしたけど、本を途中で閉じたくなるくらいの圧倒的な「痛み」の描写や、日本人音楽家ワカマツのライブ描写の迫力などもあいまって、なんか頭ごなしに否定することを許さない凄みがあったように思う。最後の「時計を五分進めた」というフレーズの巧みさにも痺れた。なんだよ、すげえ格好良いじゃないか、村上龍


というわけで、高校生の時のようなピュアな混乱は味わえなかったものの、頭の中を新幹線が三本ぐらい通過したような気分になる小説で、僕の村上龍の評価は反転して。父親が「村上春樹と間違えて買ってきた」というひどい理由で家に転がっていた「音楽の海岸」も、風邪を引いた日を利用して一気に読んでしまった。


音楽の海岸 (講談社文庫)


これがまたとてもよくて、まだ心のどこかで「村上龍を嫌いでいてやろう」と思っていた僕としては、困り果ててしまった。内容は「音楽の海岸」というタイトルとはかけ離れたような変態でエロでグロテスクで、美しいお姉さんがたくさん出てくる小説なのだが、なぜか読後はその部分ではないところが印象に残っているという、汚物の塊をふるいにかけたらキラキラしたものが落ちてきたような、どこか清涼感すらある小説だった。


まあ僕は、とても好みな「退廃的で綺麗でエロいお姉さん」が出てきた時点で、ばっちり掴まれてしまったので、あんまり読後を美化するのもあれなのだけど。でも、やはりこれはなんといおうと希望についての小説なのだ。「音楽の海岸」という、この小説にはちょっと綺麗過ぎるように思えるタイトルもこれでいい。最終章がとても好きだ。


かくして僕は、「村上龍は嫌い」というキラーフレーズを使えなくなってしまったのだった。