あれからずっと、頭痛がおさまらない。どこか体調も優れない。
けれど、現実はその速度を止めずにみるみる移り変わり、容赦なく僕に課題を貸す。
そこで僕は、濃い目のコーヒーを一缶飲み干して、
頭痛でぼんやりした頭を、頭痛を抱えたまま無理やり覚醒して、
夜が更けるまで勉強をすることになる。それが大学のテスト期間というものなのだ。
というわけで、僕はバイトの予定表の多くに斜線を入れながら、
今月のバイト代を計算してため息をついた。
すると、それを横から覗き込む顔があった。長くて綺麗な黒髪。塾講師のKだ。
今日の彼女の目は、なぜだかとても優しかった。
いや、彼女の目が「優しい」なんて正の感情を纏うことがあるのだろうか。
だとするとこれは……同情?それとも、哀れみ?
「あれ、こんなにバイトを減らすの?今月はもう会えないのね。」
「君からそんな台詞を聞くなんて珍しいな。今日は台風でもくるんじゃないか?」
「実際来てるから笑えないわ。」
「おっと、これは失礼。」
久しぶりに、会話がするすると気持ちよく流れていく。
「それで、テスト勉強とやらは順調なの?」
「それが今ひとつ。なんだか、最近すごく眠いんだよね。
十分に睡眠をとった次の日すらも、ちょっと気を緩めるとすぐに眠気が襲ってきて、
気がついたら夢の中をさまよっている自分にはっとするんだよ。」
「どうせ、連日夜更かししてるからでしょ。当たり前のことじゃない。」
「いいや、僕の夜更かし癖は高校生からなんだ。
でも高校生の時には、眠気のせいで電車を乗り過ごしたことなんてなかったんだぜ。
絶対おかしい。これは何かある様な気がするよ。」
「何かって何かしら?あの、あなたのブログにアップされた不気味な日記とか?」
さらりと核心をつくKに、僕はこうやって答える。
「……うん、よくわからないけど、あの日記について考えると、決まって頭痛はひどくなる。」
「それはそれはご愁傷様。」
「ホントにね。あんな馬鹿げた話、信じられるわけないんだけど。」
「……で、あなたには今、どっちの世界が見えてるの?」
「いきなりなんだよ。君までおかしなことを言うのかい?
どっちの世界っていわれても……よく分からないな。別に普段と変わらない。
君がいて、僕がいて、僕の彼女がいて、塾の生徒がいて、そういう世界だよ。当たり前だろ?」
「ふうん、何も変わったことはないのね。」
「頭痛と眠気がひどい以外は何も。ああ、でも一つ大きな変化はあったかな。」
「へえ、なあに?」
そう、僕の日常には一つの大きな変化があった。
最近日記を書けなかったのは、忙しさというよりもそれのせいだ。
「――彼女が、家に来てるんだ。」