頭痛がずっと治まらない。そして、その理由の大きな一つと思われる存在が、
僕のベッドを我が物顔に占領し、気持ち良さそうな寝息を立てている。
寝顔はなんだかしまりがなくて、僕は笑顔のが好きだなあとか思ったりして。
まあ、そんなことはどうでもいい。何故彼女がここにいるのか、というのが問題なのだ。
先週の火曜日、その夜遅くだった。
僕はレポートに一区切りをつけて、適当にブログを巡って気分転換をしていた。
すると、玄関をコツコツと叩く音が聞こえたような気がした。
それは気付いてくれる人だけが気づいてくれればいいやというような、
呼びかけにしてはひどく消極的な響きを持っていたが、鳴っているのは確かなようだった。
僕は不思議とその呼びかけを不気味とは思わず、
友達の突然の訪問かなとかそんなことを考えながら玄関に出ると、シルエットはとても小さい。
ドアを開けると、そこには彼女が立っていた。すがるような目で僕を見上げていた。
僕は混乱した。AD変換における直線性の考察(レポート課題だ)を忘れるくらいにひどく混乱した。
まさか、これが世に言う「ピンポン来ちゃった攻撃」というやつだろうか。
今はまったくもって完全に夜なのに、この場所だけ昼ドラになってしまったのだ。
悪いけど、脚本家を変えてくれよ。僕はそういう筋書きのドラマに出演するのはごめんだ。
「どうしてここにいるの?」と聞く前に、彼女は僕の胴あたりに手を回し、胸に顔を埋めた。
泣いてはいないようだったが、体中を震わせていて、不安がそこらじゅうから溢れてきていた。
とりあえず僕は、彼女の頭に顎を乗せてぐりぐりしながら、「どうしたの?」と聞いた。
すると、少しの間を空けて、彼女は言った。
「今日からここに、一緒に住むから。」
いつもの彼女の口調だった。疑問ではなく、すでに決定した事項を報告する。
もちろん、いろいろ言いたいことが頭を駆け巡りはしたが、ただならぬ雰囲気に流されて、
僕はただ「うん」答えた。彼女は回した腕の力を強め、
僕は彼女の髪の毛から、シャンプーの甘い匂いをいっぱいに吸い込んだ。
そしてそこからが不思議な展開だった。朝になると僕は、彼女が来た件を母親に報告した。
こっぴどく叱られるか、ひどくあきれられるか、もしくはその両方だと思ったが、
母親はだた意味が分からない呪文を聞かされたように、ぽかんとしていた。
「だって、起こした時、あんたの隣には誰もいなかったけど?」
そんなはずはない。僕の隣には確実に彼女が眠っていたはずだ。特に隠してもいない。
どういうことなんだろう。嫌味を言われているのだろうか?
これから常に彼女の分の食事を作らないとか、彼女のコロッケだけたわしだとか、
そういう地味な嫌がらせに発展するつもりなのか?
まったく、べたな物語を作る昼ドラ脚本家だ。
ドロドロ恋愛をさせるにしても、もう少しスマートに作ってくれよ。
いや、僕の母親ならそんな回りくどいことはせず、簡潔に「早く帰らせなさい」というはずだ。
そういう人なのだ。気に入らないことはテキパキと処理して、安心したい人なのだ。
しかし、彼女の存在はいつまでたっても認知されなかった。
朝食にも夕食にも彼女の分はなく、僕は食事の残りとかカップラーメンとかを、
自分の部屋に持って行かなければならなくなった。
僕は心が痛み、何度も何度もそのことを主張するするのだが、
どれだけ繰り返しても、それは暗号としてしか響かないようだった。
永遠に解読されることのない暗号だ。
彼女はもう学校へ行く気もなくしてしまったらしく、僕の部屋で漫画や小説を読んだり、
簡単なゲームをしたりして、ひたすら自堕落な生活を送っていた。
しかしこんな状況でも僕のテスト週間だけは変わらず存在し、
彼女が部屋にいるのにもかかわらず、僕らは特にエロに興じることはなかった。
彼女が僕のベッドですやすやと寝ているのをうらめしそうに見ながら、
レポートやらテスト勉強やらに追われて、夜更かしする日々が続いていくのだった。
そして彼女は、僕がパソコンでブログを見るのをひどく嫌うようになった。
これもまたひとつの不思議な変化だった。
僕のブログを読んで、自分が出てくると喜んでくれたじゃないか。どうしてなんだろう。
気分転換の日記書きすら、満足にさせてもらえないなんて……
「ねえ、早くこっちに来てよ。」
僕は彼女に呼ばれて、ベッドのふちに座り、小さな手に僕の手を重ねる。
「ねえ、早くこっちに来てよ。」
「今来たじゃんか。はあ……ブログ書いてる途中だったのにさ。」
「だから、早くこっちに来てよ。」
「だから、今書くのを切り上げてこっちにきただろ。こっちに来たよ。」
「もお、違うの。だから、早くこっちに来てってば。」
「……よくわからないな。もっとそばに来いってことなの?」
僕はスリッパを脱ぎ、ベッドの上をすべって、彼女に思いっきり顔を近づけて――
「ちがうの。キスはしない。だから、もっとそばに……もういい。私寝るから。」
――拒否された。いったい、どうすればいいというのだ。