()/Sigur Ros

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透き通っていて、澄んでいて、でもどこか淀んでいて、なにかがうごめいているのを感じる、此処とは違う何処か遠くで鳴っている曲たち。


このアルバムにタイトルは与えられてない。カッコ。カッコ閉じる。それだけ。曲たちにもタイトルは与えられてない。歌詞も(アイスランド語ですらなく)ホープランド語という彼らの造語で、無いも同然。「ユーサェロー」とか聞こえる気持ちのいい発音のリフレイン。


どうしてSigur Rosはこれほどまでに匿名性にこだわったのか、その真意は分からない。けれど、その匿名性のおかげで、僕らにはこの曲達から、「いろんな想像をする」ということがとてもスムーズにできる。それも、歌詞やタイトルが無いゆえに純粋に音だけから。それはとても素敵なことだ。もちろん、Sigur Rosの音楽がそれだけの想像力を許容する大きな器を持ってるのは言うまでも無い。


このアルバムは、四曲目の最後に挟まれる無音で、二つのサイドに分けられている。前半は陽、後半は陰という感じ。僕は特に前半が好きだ(というか正直後半の5、6、7曲目はあまりに雰囲気が似すぎているので・・・それがこのアルバムの唯一の欠点だと思うのだけれど)。
特に『Vaka(Untitled #1)』(Vakaは仮題)は僕がSigur Rosで一番好きな曲。「カチッ」という音の後、終始淡々としたピアノがたゆたう。そこにジョンジーのボーカルが入ってきたときが第一のカタルシス。でもそれだけで終わらない。後半の盛り上がり・・・「羽の折れた天使達がゆったりと落ちてくる」そんな映像が思い浮かぶ部分。こんな美しくてこの世のものとも思えないメロディは、歌声は、音楽は、聴いたことない、と思った。これほどのトリップ感覚は体験したことなかった。涙がでた。
・・・それだけじゃ終わらない。『Samskeyti(Untitled #3)』はピアノのリフレインが気持ちよすぎて、最後、一オクターブ上がるだけで、物凄いカタルシスがあるし、『Njósnavélin(Untitled #4)』の甘い祝福には溶けそうになる。そして、ラスト。『Popplagið(Untitled #8)』のドラム。ぶち壊れた、暴力的なドラムに、再び何処かに連れて行かれそうになる。まるで今まで見ていた世界はただの夢だと言わんばかりに。『カチッ』という音が再び鳴って、このアルバムは終わる。


本当に凄いアルバムだと思う。確かに、前作より曲の幅は減ったし、後半暗いので、沈み込むし、凄いカタルシスを持つ「バイオリンの弦で弾くギター」もあまり聞こえてこない。だから退屈で寝る前に聴くぐらい、という意見も目にした。でもそう決め付ける前に、できる限り音量を上げて、静かな場所で、聞いてみて欲しい。このアルバムが、前作より見つけにくいにしろ、圧倒的なカタルシスを含んだアルバムだということに気付くと思う。僕個人としては、音の気持ちよさと、『Vaka(Untitled #1)』の存在から、この『()』のほうが前作より好きだ。


ブックレットの白くて淡い世界。ジャケットカバーの片隅にポツンといる夢遊病になってしまった少年。彼はこれからどこに行くんだろう。このアルバムの描く、幻想的で、神聖で、暴力的で、残酷な世界。ここから旅立っていくのだろうか・・・なんにせよこのアルバムを一度でも「体験」してみてほしい。Sigur RosはライブだけじゃなくCDでもこんなに凄いんだよ。