Takk.../Sigur Ros(前編)

Takk…
もともと、Sigur Rosの音楽はよく、「短編映画」のようだと、表現されていたように思う。しかし今作こそ、その言葉がもっともふさわしいじゃないだろうか。
このアルバムは、僕を美しすぎる非現実世界に連れて行く。僕は、描かれたいろいろな景色を見て回る、旅人になる。電車の中で聞いても、家で聞いても、見えている景色はSigur Ros色に染まっていく。僕の日常の些細な出来事なんて、入り込む余地が無いくらい完成され、完結した世界。


このアルバムには、いっぱいの感情が詰め込まれている。絶望があり、寂寥感があり、安心があり、それらを覆い尽くすようないっぱいの希望がある。たくさんのカタルシスがあり、たくさんの幸福感が降り注ぐ。しかし、ここにある「感情」は僕らの日常にある「それ」とリンクするものではなく、まったく別の世界のものだ。だから、聞き終わると、まるで一日のノルマを終えたような、満足感のような喪失感のようなものを感じてしまう。そういう意味でも、やっぱりこれは短編映画だ。


だから、日常になにかしら感情の変化があり、それに頭が支配されている時には、これを聞くには向いていない。よくも悪くも、「『Takk...』を聞く時間」というのが必要になるアルバムだ。そういう意味では、このアルバムを気に入っていないという意見の人がいるのも分かる。日常の感情をも包み込んで、溶かしてくれるようなやさしさは、むしろ前作「()」のほうにあったと思う。


だが、完全にこっちを非現実世界に連れて行く分、じっくり聞いたときの満足感はすごい。もう次のアルバムを、CDコンポに入れる気にならないほどだ。じっくり余韻を楽しみたくなる。僕のたわいの無い日常なら、このアルバムのため割いても惜しくない。


音については・・・アレンジはとてもカラフルになった。特にギターがいろいろな音色でいろいろな場所で使われている。また、そのカラフルなアレンジのせいか、すごく曲に変化が感じられる。これが、今作が、ポップになったといわえるゆえんだろう。しかしよく聞いてみると、Sigur Rosらしく、一つのモチーフをじっくりじっくり使っている。そのモチーフとなるフレーズは、相変わらず素晴らしい!!(いったいどこから見つけて来るんだろう。やっぱり神様みたいなのが、そっと置いてってるんじゃないか?)この「ミニマルミュージック」っぽさは変わっていない部分だ。そしてもう一つ印象的なのは、今作でジョンジーがものすごくアグレッシブに歌っていること。繰り返されるモチーフの中を自由自在に泳ぎまわり、時にはっとするメロディを挟んで僕らに迫る。けれど、「歌」というには音の中にあまりにうまく溶け込んでいる。これはもう彼の声の持つマジックだと思う。


というわけで、僕は大好きなアルバムだ。こんなに心が揺さぶられるアルバムがあっただろうか。あのライブの時の高揚感を思い出す。やっぱり、Sigur Rosは多少ポップになっても、あくまで非現実を届けるバンドなんだと思う。