KID A/RADIOHEAD(後編)

最後に、曲ごとの感想を。

1 Everything in its right place

この曲のイントロだけで、背筋がぞくっとするようなカタルシスを覚えるのは僕だけではないと思う。あくまで無味無臭、人肌の生暖かさを持つ故の「無温」。ささやかに奥で鳴る、心臓音のような四つ打ちのキック。うわごとのような声のループが、「何か伝えたいことがあるけれど伝えられない」ということを、明確に伝える。この曲は歌詞も大好きで(というか、KID Aの曲の歌詞はRADIOHEADの他のアルバムと比べても出色の出来だと思う)特に、「きのうぼくは目を覚ましたときレモンをかじってた」のくだりは、自分を自分でないかのように、客観的かつ冷静に見ている不思議な感覚をうまくあらわしている。それがこの曲とリンクして、すばらしい。アルバムの中でも一番の名曲かもしれない。

2 Kid A

SUPERCARでおなじみのピコピコ音のイントロのおかげで実は一番受け入れやすかった曲。しかし、トムの声は切ったり、貼ったり、加工したりするのにこんなに向いているとは。そして黙々と同じに刻まれるリズムは神聖な感じをかもしだす。最後の赤ん坊の声はまさに「KID A」の産声。この曲で一番のカタルシスは途中のどんどん音量があがってくるシンセの挿入部。

3 The national anthem

こんなに地を這うようなベースははじめて。このあまりの重さで、受け入れるのに一番時間がかかった曲。自由なホーンが突入してくる後半部はまさにロック。

4 How to disappear completely

本当に美しい曲。アコースティックギターの耳触りがあまりに冷たくて心地いい。この曲で初めて歌が歌らしく聞こえてくるが、それも束の間。最後にはトムの歌声は悲鳴なのか泣き声なのか分からないようなものに変わっていく。

5 Treefingers

これは正直、Aphex TwinのSelected Ambient Works Vol. 2そのままといわれてもしょうがないかもしれない。でもRADIOHEADのメッセージが確実に伝わってくる。「こんな一見穏やかな世界で、誰かが、隅っこで、小さな小さな音を立ててなにかしているんだ。『カチン カチン カチン・・・』(←この曲の歌詞の和訳として、日本盤についている言葉だが、この曲のすべてを表しているようで、大好きだ)」

6 Optimistic

歌が歌として登場し、一番ぱっと聞いてロックと分かる曲。しかしアルバムの世界観は崩れず。ベースラインが気に入っている。「できるかぎりのことをすればいい きみにできるかぎりでいいんだよ」トムが歌うと、どうしてこんなに冷たく突き放した言葉に聞こえるのだろう。

7 In limbo

瞑想的な響きのアコースティックギターから始まり、うなりのようなノイズで終わる。メロディーはどんどん沈み込んでいく。「メッセージを受け取ったけど読めない」というくだりが、いかにもこのアルバムを象徴している。

8 Idioteque

Everything〜と並ぶ、このアルバムの人気曲。個人的にもアルバムのハイライト。ライブでも格好いいが、個人的にこの曲の核は、「心臓をノミで削り取っていく」かのようなカッ、カッというビートにあると思っているので、そのビートの音量が小さいライブアレンジは微妙。感情を押さえ込もう、押さえ込もうとしていたトムもさすがにこの曲の中盤から感情が溢れ出し、二回目のサビではほとんど泣いている。「ぼくはあまりに見すぎた、きみはまだ見たりない」「ぼくら、虚言で人心を惑わそうとしてるわけじゃない」「これは現実に起こってることなんだ」抽象的な言葉が多いこのアルバムの歌詞の中、このストレートな言葉は胸をうつ。トムの悲痛な訴えは一体どれだけの人に届いたんだろう。

9 Morning bell

不思議な、つんのめるようなリズム。地に足が着いていない感じが強い曲。「だれもがきみを知りたがる だけどだれもきみにはなりたくない」曲後半、歌うのを放棄したトムが、こっそりとつぶやく。最後の最後に、螺旋状に落ちていくような電子音が挿入される部分は、この曲で一番ぞっとしてめまいがする瞬間だ。

10 Motion picture soundtrack

そしてやっと訪れる救い。それは例えワインと睡眠薬を一緒に飲むことで訪れる救いかもしれないが、救いは救い。この曲で、涙が流れてくることが多い。「あんたがおかしいと思うよ、たぶんね」おかしいのは平然と毎日を生きる僕らなのか、トムなのか。途中死を思わせる無音部分が入り、死後の世界を思わせるような電子音と、結局あったのは無といわんばかりの二度目の無音でこのアルバムは終わる。果たしてワインと睡眠薬を一緒に飲んだ主人公はどこへ行ったのだろうか。


というわけで、僕はこのアルバムが大好きだ。やっぱり虚無感をうまく表現してくれる媒体はみんな僕にとって大切なもの。テスト勉強が間に合わなくてどうしようもない深夜、友達に見捨てられたという被害妄想に襲われたとき、KID Aはこの上なく僕を癒してくれる。「まだ僕は大丈夫だ」と思わせてくれる。誇張でなく、僕はこのアルバムを一生必要としていくと思う。もちろん、僕の中のRADIOHEADの最高傑作はKID Aだ。OK COMPUTERのが普通な気持ちで聞けるから(KID Aはどうしても聞いたあと沈み込む)、聞いた回数は同じぐらいだが、思い入れは完全にこっちのほうが強い。これからも、何回このアルバムに救われることになるのか、見当もつかないでいる。