彼女が観客にサイリウムを置かせた瞬間、フロアが湧き上がりました (Mori Calliope Major Debut Concert - New Underworld Order) #CalliSolo

 「サイリウムを置いて」アンコールのMCで彼女がそう言うと、マスクを通して少しくぐもった、喜びの歓声が会場に響き渡った。

 このライブにサイリウムはいらない、みんな、そう感じていたからだと思う。

 

 違和感は最初からあった。1曲目「guh」のぶっといキックと怪しいシンセサイザーが醸し出す妖艶な雰囲気の中、Mori Calliope はどこからともなく美しいベールをまとった死神の姿で現れて、トレードマークの高速ラップを歌った。

 ーーなんて格好いい。でもそのアニメちっくな姿はどこか可愛い。観客も戸惑っていた。僕の右斜め上の人は手を高く上げ指は下を向けて上下に揺れる「ヒップホップしぐさ」だったが、隣の人はシンプルにサイリウムを振っていた。おのおの、音楽にノッていて、楽しそうで、でも正しいノリ方がわからない、そんな光景を目の当たりにしながら、スクリーンの前の死神は美しくラップしていた。汗が飛び散る姿が見えるかのように情熱的に。

僕はサイリウムを持った右手で「ヒップホップしぐさ」をしていた。違和感は最初は、刺激だった。これまでのライブで、こんな不思議な雰囲気の会場を、一度も見たことがなかったからだ。

 

「今日は長いMCはしないです(NO, long MC Part Today)」1曲目が終わるとカリオペ氏は少し不安げに英語で言った。歓声が上がると、少し意外そうな反応をしていた。もしかして「長いMC」って言葉だけ聞こえたのかな? と死神らしからぬ面倒見が良い真面目な彼女は戸惑っていたのかもしれない。しかし続けて、はっきりと言った。

「みんな今日は何を見に来たの? ゲーム? 雑談? ASMR? ……忘れて。
 私の歌を聞きに来たんだよね?」

さらに大きな歓声が上がった。伝わったことが嬉しそうだった。ワクワクが止まらない、ライブの始まりだった。

 

 ぶっといKICKが特徴のダンスチューンが続いた。最新EPから「Holy 嫉妬」「Kamouflage」「Dead On Arrival」。どれも決して明るくはなく、タイトルからも分かる通り(Shitと嫉妬をかけたり、camouflage をKにしたり)深読みを促すような凝った歌詞を持つ曲だ。しかし、強いダンスビートは会場を確実に盛り上げていった。

 

 てにをは氏(Ado「ギラギラ」など)作曲のどこか日本的な雰囲気のある「Red」を挟み、ここからはコラボゾーン。

 まずは「がうる・ぐら」が登場する。全Vtuber Top の400万人の登録者を持ち、いたずら好きの幼女のような声でいて、抜群のリズム感を持つ唯一無二のライバーでありシンガーだ。彼女とのコラボシングル「Q」、そしてそこから彼女の世代である Hololive-EN Myth (神話がモチーフと思われるファンタジーなメンツだ)のメンバー全員をバックダンサーに従えるサプライズを交えた「The Grim Reaper is a Live-Streamer(死神は配信者)」で盛り上がりは最高潮を迎えた。それにしても、 Vtuber は姿が特有で手足が長く、ダンスが映える。

 次に Hololive-JP 随一のシンガー「星街すいせい」が登場。カリオペ氏が主体のコラボシングル「CapSule」とすいせい氏が主体の「Wicked」をクールに決めた。カリオペ氏があえてプリンセスではなくプリンスと呼び、現れた すいせい-Senpai は「カリオペさんの音楽のスタイルが、すごく好き」とMCをし、曲の終わりでは手も降らずにすっとステージの隅に消えていった。アイドルとしては少し名残惜しくなるような退場にも思えたが、これも音楽が主体のライブらしい演出なのだと思う。初めて聞くすいせい氏の声はとても伸びやかで、彼女の意志の強さが現れているような凛とした力強さを持っていて心奪われた。

 最後は Hololive-JP 唯一のラッパー、角巻わためさんが登場。想像より可愛い声だったが、カリオペ氏が「ラッパー」と紹介するだけあって、未発表の日本語、英語で掛け合うラップ曲は圧巻の楽しさだった。そして人気曲「曇天羊」。エモいロックに乗る高速ラップがとてもかっこいい。ライブで聴くとそのビートの強さも印象に残った。彼女も曲の終わりでは、マントを翻してすっとステージの隅に消えていった。

 

 コラボゾーンが終わるといよいよ彼女も本気だ。ここからは歌メインの曲も交える。歌もラップも疾走感あふれる「UnAlive」、アニメPVが大人気の高音が美しい「Dawn Blue」。

 

 「最後の4曲です」とここでMCを挟んだ。敢えてあと何曲か教える彼女からは「こんな短い時間じゃ足りない、もっともっと歌いたい」と言う気持ちが見えるようで、このライブに懸ける熱意を感じた。といってもメジャー1stライブで23曲歌える(しかもうち5曲がコラボ)アーティストというのも稀有な気がするが、この辺りは Vtuber 事務所所属という強みを最大限に生かしていると思う。とはいえ、あれだけ配信してていつ曲書いて練習しているのだろうか……。さすが死神である。

 

 爽やかな「Lose-Lose Days」、「Scuffed Up Age」「Live Again」と少し Lo-fi な歌モノが続き、チルい雰囲気になる会場。彼女は日本語と英語両方を駆使し、歌とラップどちらもこなす。つまり4人分の歌声、強すぎるスキルだ。最後は僕の大好きな曲「end of a life」で思わず声が出た。彼女が「冥界のラップシーン」と呼ぶ「ニコニコ動画日本語ラップシーン」に名残惜しさを感じながらも、メジャーシーンに進んだ彼女の決意が現れている。「私は飛ぶよ。証もないけど。」とかすれ声で歌う彼女の極めてプライベートな感情が会場を静謐な雰囲気に染め、濃いピンクのサイリウムが揺れていた。

 

 しかしもちろんここでは終わらない。約束されたアンコール。3Dでは初公開のルーズなラッパースタイルで再登場した彼女と、そしてステージ上部に現れた DJ TeddyLoid。ここからは上がっていく、ガチのダンスタイムだ。「Make 'Em Afraid」そして、シンプルなトラックゆえスクラッチテクニックが抜群に光る初期の名曲「DEAD BEATS」、メジャー1st EPシングル「MERA MERA」と会場のボルテージが上がり続けていく。そして冒頭のシーンへ。

 

 「サイリウムを置いて、スマホをだして」ーーこの瞬間、アイドルと Hip Hop を危ういバランスで両立していたこのライブが、完全に Hip Hop フェスのノリに変貌した。ライブの空気が(観客への丁寧な導入を経て)「自然に」変わる瞬間。歌って、とお願いしなくてもみんなの気持ちが一つになることで、自然に起こる合唱のような、多種多様な観客の心が一つになる瞬間。これが見たくて、感じたくて、僕は会場に行く。まさか、 Hololive からこんなステージを演る演者が現れるなんて、面白すぎる!

 

https://twitter.com/sinzi_v/status/1550093578558652416?s=20&t=eAGsmmryB4PkvEPUOFNxhA

 

 「HUGE W」「Let's End the World」そして、あの曲のビートが聞こえてくる。

 

 「みなさん、今日も楽しいライブに来てくれて誠にありがとうございます。今日も rap したいと思います。では、はじめましょうか……fuxxkin'」

 

www.youtube.com

3200万再生を数える彼女の鮮烈なデビュー曲「失礼しますが、RIP♡」

 

 おそらくこの光景を思い描いて書いた歌詞ではない(ライブ配信の冒頭という設定だろう)、しかし、まさにこの瞬間のために生まれたかのような、完璧なイントロじゃないだろうか。気持ちが盛り上がりすぎて、手が震え、まともに撮影できなかった。最後まで歌いきって会場に倒れこむ彼女ーー。圧巻のパフォーマンスだった。

 

 「リアル」を矜持とし、歌う自分の姿で言葉に説得力をつけるラッパーと、偽りの設定をまとい、スクリーンの中で歌う宿命を背負った VTuber 。誰もが相性が悪いと考える組み合わせだ。確かに、彼女が出てきた瞬間には違和感があったような気がする。しかし、だからこそ、アンコールで全員がラッパーとしての彼女に染まる瞬間には、鮮烈な印象が残った。

 Vtuberのライブとしては極めて簡素な、黒背景のスクリーン一枚と少しの装飾がなされた豊洲ピッドのステージで、死神の姿のまま会場を縦ノリに導いた彼女からは、歌に対する真摯な魂を感じる。この全く体験したことがない新しいライブは、バーチャルとリアルが実は地続きで、魂はスクリーンを隔てても伝わることの証明なのかもしれない。

 彼女のライブを見て欲しい。

 できれば、リアル(会場)で、汗だくで、飛び跳ねて欲しい。

 

「みんな今日は何を見に来たの? ゲーム? 雑談? ASMR? ……忘れて。
 私の歌を聞きに来たんだよね?」